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4話. 覆された最初の選択

Author: 6jay
last update publish date: 2026-10-09 12:45:46

翌朝、最初の正式なデート相手を選ぶのを前に、制作陣の会議が長引いていた。

理由は単純だった。男性出演者三人が、全員同じ名前を書いたのだ。

一ノ瀬怜奈。

「こういう場合のルール、ありませんよね?」

若手の構成作家がささやくと、田代の顔がこわばった。当初の予定では、黒崎は彩花を選び、取り残された怜奈が嫉妬する場面を作るはずだった。田代が無線機を取った。

「まず黒崎さんに確認し直して。番組の流れとしては彩花さんのほうがいいと説明して」

少しして、黒崎本人が制作陣のテントに入ってきた。

「選び直せということですか?」

「そういうことじゃなくて、全体の絵を考えましょうという話です」

「出演契約に、選択に介入できる条項はありました?」

田代が口をつぐんだ。黒崎は長年台本を受け取ってきた俳優だ。演出と捏造の境目は、誰よりわかっている。

「設定は受け入れられます。でも、選択まで代わりにしてもらうのは別の話です」

背を向ける前に、もう一言付け加えた。

「それと、昨日無許可のカメラが見つかった件は、今日、出演者全員に説明してください」

***

午前11時。

ヨットクラブのデッキに出演者たちが集まった。彩花は、黒崎が自分を選ぶと信じきった顔をしていた。

「最初の選択は、黒崎さんです」

進行担当の構成作家の声が響いた。黒崎は迷わなかった。

「一ノ瀬怜奈さん」

周りから小さなどよめきが漏れた。彩花の表情が固まった。

「二人目、桐生さん」

「私も一ノ瀬さんです」

今度はスタッフのほうが大きくざわついた。

「神崎さんは?」

神崎は腕を組んだまま言った。

「俺も」

田代は結局、一度撮影を止めた。三人の男性が一人を選んだ状況は刺激的だが、用意していたデートコースは一対一を想定したものだった。

15分後、変更されたルールが告げられた。

「同じ人を複数人が選んだ場合、選ばれた方が一人を指名できます。指名しない場合は、今回のデートをグループでの行動に変更します」

彩花がすぐに怜奈へ言った。

「一人選んだらどうです? まさか三人とも連れて歩くつもりですか?」

怜奈は、制作陣が差し出した選択カードを受け取らなかった。

「みんなで行きます」

田代が目を細めた。怜奈はカメラに向かって言葉を足した。

「まだ初日が終わったばかりなのに、一人選べと言われるほうが変でしょう。私だって、三人がどんな人か知らないんですから」

黒崎の口角が上がった。桐生は一度うなずき、神崎は隠そうともせずに笑った。

「いいじゃん。公平で」

怜奈は三人を順に見た。

「公平だとはまだ言ってません。三人とも、審査の対象ということです」

黒崎が低い声で言った。

「俳優のオーディションみたいだな」

「嫌なら辞退してもいいですよ」

「いや。こんなオーディションは初めてで、面白い」

***

デートに使うのは、桐生のヨットではなかった。制作会社が事前に借りた全長五十五メートル級のチャーターヨットだった。船長、航海士、安全担当者、撮影スタッフが同行し、航路も島の近海に限られていた。

乗船前の安全講習が二十分も続くと、神崎は救命胴衣をいじりながらぼやいた。

「これ、全部放送するのか?」

「事故になるよりいいでしょう」

怜奈は自分で胴衣のバックルを留めた。神崎はその姿を見ると、自分のバックルも確かめ直した。

「さっき、三人とも審査するって言ったよな」

「はい」

「何で判断する?」

「言うことと、すること」

「金は?」

「お金持ちだって話なら、今まで聞いたことがないとでも?」

横で聞いていた桐生が顔を向けた。

「それは、かなり合理的な評価基準ですね」

黒崎は海を見ながら笑った。

「俺は不利だな。言うことも、することも、全部演じるのが仕事だ」

怜奈は返した。

「だから黒崎さんは、もっと長く見ないといけませんね」

その言葉に、黒崎の目が初めて少し変わった。ヨットが桟橋を離れた。

カメラが回る中、四人は同じテーブルに着いた。田代が望んだ刺激的な嫉妬の場面に代わって、ずっと居心地の悪い状況が生まれていた。

男三人は全員、自分が選ばれたわけではないと認めなければならなかった。そして怜奈は、初めて気づいた。

台本に従わなくても、カメラは自分を見ている。乗船前、制作陣は四人から、改めて確認書に署名をもらっていた。

航路変更や天候悪化の際は船長の指示に従うこと。撮影中であっても、安全担当者の指示が優先されること。怜奈は最後まで読んでから署名した。

隣で神崎が、もどかしそうに言った。

「それ、全部読むのか?」

「読んだって事故は起こるんです。読まずに起きたら、余計に悔しいでしょう」

聞いていた桐生が言った。

「今回は、そのとおりです」

「今回は?」

「昨日は、私の話を最後まで聞く前に、計算高いと言いましたよね」

怜奈は眉を上げた。

「先にリスク管理だって言ったのは社長でしょう。じゃあ、何と言えば?」

桐生は言い返しかけて口を閉じた。黒崎は二人を交互に見て笑った。

「今日の放送タイトルは決まったな」

「何ですか?」

「契約書を読む人たち」

神崎が露骨に嫌な顔をした。

「視聴率、終わるだろ」

怜奈は救命胴衣のバックルをもう一度引いた。

「じゃあ、船の上で面白くしましょう。事故は起こさずに」

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